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2005.04.30

モジリアニの良き友人 ズボロフスキー

映画『モンパルナスの灯』で まったく絵が売れないモジリアニの為に 
ズボロフスキーは 家賃を払ってくれたり 絵が売れるように 色々と助けてくれている友人だ。 

映画の後半に アメリカ人が買ってくれそうだからと 
ジャンヌと三人で そのアメリカ人の居る ホテルへ作品を持って会いにゆく

映画のシーンの会話を…  Aをアメリカ人 Mをモジリアニ

A『ゴッホは酔いどれだった』
M『それは、苦悩を… 忘れるため。 絵は 苦悩から 生まれる』
A『わかります』
M『彼は頭を壁にぶつけ 飲酒を責める人に こう言っています…  
この夏にみた 黄色を表現するために 飲むのだと…』 

そのあと アメリカ人は 一枚の絵を 取って 
A『これはいい! この絵を商標に使おう!』
M『瓶にも? 看板にも? 地下鉄にも? トイレにも?』
A『そうだ』
お金は 欲しいが そんな物のために 絵は売りたくないモジリアニは 
怒って帰ってしまったのだ。


zuvorofuskie.jpg



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この記事へのコメント
今はいい時代かもしれませんねぇ。
モジはイタリアの裕福な出だそうですが、ゴッホのテォみたいな後見人はいなかったんですかねぇ。

私の母の叔父(多分)は明治のひとですが、美人画の勉強をするためにパリに留学するといって田畑売って船に乗ったんですが、行き先も、言葉も、頼るところもなくて神戸で下ろされたという話が親類に伝わっています。
Posted by 牛鳴 at 2005.05.01 15:07 | 編集
牛鳴さん☆ 
スーテインは これには出て来なかったんですけど 
映画ではズボロフスキーが 隣に住んでいました。
ラストシーンは モジリアニがカフエに絵を売りに行くのですが 一枚も売れなくて 行き倒れてしまうのですが それをリノバンチュラの画商がカフェから ずっと、後をつけてて 病院に運ぶのですが
身元は知らないと言って 死んだのを見届けて それでジャンヌの所へ行って 勿論、死んだ事は知らせずに 絵を全部 買うというのが ラストシーンです。

そうですね、ジャンヌは翌日 飛び下りて死にますが 子供は無事だったと思います。
その娘の書いた本が出ているので 良く見て素描など 模写をしました。
Posted by シニア at 2005.04.30 21:25 | 編集
モジリアーニが死んだときジャンヌは妊娠9ヶ月だったといいますねぇ。
翌日六階の窓から飛び降りて死んだと何かの本に出ていていましたが映画ではどうなっていたか・・・。
それにモジの隣にはスーティンが住んでいたといいますが、彼は風呂に入る習慣がなくて虱だらけだったと。
フジタの若い時代、いい刺激になりそうな映画ですねぇ。
Posted by 牛鳴 at 2005.04.30 21:06 | 編集
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